年金制度改革法は多岐にわたる。「その中で、特に注目したい3つの改正に絞って説明しましょう」と奥野氏は前置きする。
ひとつ目は、社会保険(厚生年金・健康保険)の加入対象の拡大。
この拡大には2点あり、ひとつはパートタイマーなど短時間労働者が特定適用事業所※1で働く場合に、社会保険に加入する義務が生じる基準に関してだ。「賃金月額8.8万円(年収約106万円)以上」の要件が撤廃になり、「週の所定労働時間20時間以上」に集約される。
「特定適用事業所に勤めるパート社員が社会保険への加入義務を免れるには、収入か労働時間か、いずれかを基準未満に抑えればよく、これまでは〝106万円の壁〟と〝20時間の壁〟がありました。それが〝20時間の壁〟だけになるわけです」
賃金要件の撤廃は、26年春には施行される見込み※2との報道もある。
もうひとつは、特定適用事業所の拡大。現在は従業員51人以上の事業所が対象だが、その規模が段階的に縮小され、35年には全ての事業所が対象になる(表「A」参照)。 直近の予定では、27年10月から従業員36人〜50人の事業所に適用される。
「新たに適用対象となる事業所は、パート社員の働き控えが心配でしょう。〝130万円の壁※3〟を超えないように働いていた人が、社会保険料の負担が生じるのを嫌って、〝20時間の壁〟を下回るように就労時間を減らすかもしれませんから」
〝130万円の壁〟が目標の場合、例えば時給1,100円の人は、表「B」のように週22.6時間働いても壁を超えなかった。その人が週20時間未満に抑えようとする可能性がある。
「ここで忘れてはいけないのが、労働時間を週20時間未満に制限すれば28年9月30日まで※4は雇用保険にも入れなくなり、その結果、育児・介護休業の給付なども受けられなくなるという点です。逆に社会保険に加入すれば、老齢年金が増え、遺族厚生年金や障害厚生年金、ケガや病気で休業時の傷病手当金なども受け取れるようになります。働き控えによるデメリット、社会保険加入によるメリットをしっかり伝えて、従業員の意向を早めにヒアリングしましょう」
政府でも、新たに社会保険に加入する人を支援するため、勤務先が特定適用事業所となる場合に、社会保険料負担を軽減する措置を検討している。一方、経営者としては、パート社員が〝20時間の壁〟を超えて働けば、会社の社会保険料負担が増えることが悩ましい。
「しかし〝130万円の壁〟を目標に就労調整する限り、特定適用事業所であろうとなかろうと、賃金が上昇すれば、週20時間どころか、働ける時間がもっと短くなります(表「B」の時給1,300円〜を参照)。むしろ仕事に習熟したベテランのパート社員に〝130万円の壁〟を気にしないで長い時間働いてもらったほうが、低賃金で未熟な人を増やすより生産性の向上が期待できるのではないでしょうか。もしかしたら正社員の残業代を減らせるかもしれませんよ」
奥野氏は、人件費管理は正社員・パート社員を合わせた総額で行う必要があると語る。そのために、向こう5年間の総人件費を、年率5%※5ずつ上昇するとしてシミュレーションしてみることを勧める。
「すると、総人件費が5年後には約1.28倍になることが分かります。賃金問題は、単に法改正へ対応するだけでなく、経営上の重要課題として長期的に取り組むべきでしょう」
- 社会保険適用事業所のうち、厚生年金の被保険者数が1年のうち6カ月以上51人以上となる事業所。
- 最低賃金の上昇により、週20時間以上働けば年収約106万円に達する地域が全都道府県となる状況を見極めて施行。
- 家族が加入する社会保険の扶養から外れ、自分で国民年金・国民健康保険に加入する必要が生じる基準。
- 2028年10月1日からは、週所定労働時間10時間以上20時間未満の人も雇用保険に加入できるようになる。
- 地域別最低賃金の全国加重平均額の上昇率(2023年度4.47%、2024年度5.08%、2025年度6.26%)を基に仮定。